言い訳を与えてやらないと越えられない夜がある|226日目〜232日目|page.34

 

能力や経験不足にこぶしを強く握る夜があれば、理不尽な出来事に痛みを抱えたまま横たわる夜もある。

そんな自分に救いの余白を創ってあげないと、越えられない夜があるのです。

 

何度もそうやって、新しい朝を迎えてきました。

しかし、JICA海外協力隊としてのルワンダの日々も、着実に終わりが近づいています。

 

いまだ世界中が未曾有のウイルスによる大災害の影響を受ける中、こうしてアフリカで活動できることに心から感謝して、胸を張って日本に帰れるよう精一杯尽くします。

ルワンダを感じる会議

ぼくの働く郡庁では、しょっちゅう会議が行われています。

 

ですがぼくは、基本会議を避けています。

なぜなら、何が話し合われているのか全く分からないから。

 

ただ、今回はルワンダ人の上司に明日の会議に出ろと言われ、久々に会議に参加しました。

 

やはり今回もご多分に漏れず、何の会議なのか分からない。

聞き取れるのは、「エジョへーザ(ルワンダの年金システムの名称)」「アマファランガ(お金)」、「ムズング(外国人)」。

 

ここから推理するに、「外国人のようにお金を手にするには、エジョへーザを活用しよう」といった啓発的な内容だろうとアタリをつけます。

そして会議終了後に、答え合わせをするというのが、いつもの流れです。

 

しかし、この会議が長いのなんの。

10時から始まり、もう12時は回っています。お腹が空いたし、早くご飯を食べに行きたい。でも、終わる気配がまるでありません。

 

結局、会議は14時過ぎまで行われました。4時間、長すぎる。

 

とはいえ、キニアルワンダ語が飛び交う異様に長い会議に参加していると、ルワンダで働いているなあと実感します。

この退屈な会議に参加できるのも残り数回だと思うと、寂しいものです。

ハッキリ言ってよ

開業の準備を進めていたベーカリーに悪雲が立ち込めてきました。

 

ベストな場所ではないものの、オーナーは土地を一箇所押さえていました。

これ以上探しても街の中心部の一等地は見つからないだろうし、彼女の決定なので文句はありません。

 

これでようやく開業できると思っていると、彼女はぼくにお金を貸してくれと言います。

来年の2月の日本に帰るまでの間、毎月家賃を立て替えてくれと言うのです。貸せない額ではありませんが、家賃なので安くありません。しかも毎月。

 

人間関係を壊すのは簡単です。

それは「お金」。

 

なので、基本的にお金の貸し借りはしたくありません。人にお金を貸す時は、あげるつもりで渡すようにしています。

 

たださすがに今回はあげるつもりで貸すのは厳しい。毎月ですから。

ぼくは正直に「お金を貸すことはできない。他に手伝えることがあったら言ってくれ」と伝えました。

 

すると、ぱったりと連絡が途絶えました。

彼女は先輩隊員の代から付き合いのある、とても良い方です。信用できるのも分かってはいるし、蔑ろにもしたくない。

でも、どこか金づるだと思われているのは、やっぱり悲しいものです。

 

2週間ぶりに連絡があったと思ったら、伝統工芸品を買ってくれないかというものでした。

その工芸品というのが、日本へ帰るときにお土産としてプレゼントすると以前言っていたものでした。

 

どうしてもお金がほしいなら、ハッキリ言って欲しい。

素直に開業資金が足りないから欲しいと頼まれれば、毎月の家賃は無理でもいくらかは渡してもいいかなと思っていました。

 

うーん、どうもスッキリしません。

残りの任期は彼女のビジネスの発展に全力を注ごうと励んでいただけに残念。果たしてどうなるのでしょうか。

向いている向いていないの話でないのだけれど

つくづく、自分には国際協力というフィールドは向いてないのだと痛感します。

 

なぜなら、目の前の困っている人に対して行動を起こさない自分がいるから。

 

今回のベーカリーの開業の件も、お金を貸す覚悟はできませんでした。

なんなら金づるのような扱いに支援する気持ちが、少し萎えてしまったのも事実です。

 

本来なら、ここで熱意を持って根気よく最後まで世話を焼くのが、協力隊であり国際協力なのでしょう。

ところが、相手の出方を伺っている自分がいるのです。

 

他にも、街を歩いていると、物乞いをする人やストリートチルドレンと出会います。

もちろん、助けたいという気持ちはある。けれど、具体的な行動を起こしているかと言われるとそうではありません。

 

そんな自分を目の当たりにすると、国際協力の現場にこういう冷たい人間は向いていないのだろうと思うのです。

 

正直、ぼくらが何もしなくても、これまで通り彼らの日常は進むし、明日も変わらずそれなりに幸せに暮らしていくでしょう。

 

それでも、何かせずにはいられない。どうにかしたいと体が動く。

そんなどこまでも根気よくお節介のできる善人こそ、国際協力には向いているのだと思います。

あいにくぼくはそんな善い人間ではありません。

 

などと、弱音を吐露しましたが、国際協力に向いている向いていない、なんてありません。

でも、そうやって冷たい人間である自分に、言い訳を与えてやらないと越えられない夜があるのです。

ボランティア、国際協力って難しい。

 

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