モテたい。
全男子における至上命題である。
悲しいかな、この想いが強ければ強いほど、永遠不変の真理から遠ざかっていく。
自分のモテなさ具合はすごい。ご先祖様に土下座して謝りたいほど。「我モテずにて、げにかたじけなし」と伝えたい。
そんな強い劣等コンプレックスを抱くのも、横にいた幼馴染が強キャラだったのも少なからずある。
小中高と青春を共にした親友は、死ぬほどモテる。
サッカー部のエースで勉強も学年トップ。おまけに優しいときた。つまりパーフェクトヒューマンである。
ある時、気づく。
できすぎ君の彼には、モテたいという気持ちが一切ない。
そうか邪念があるとモテないのか、無欲で生きてみよう決める。ひとりの女子とも会話せずに1学期が終わり、出家大作戦は早々に頓挫する。
そもそもモテるために無欲なろうとする時点で、邪念にまみれまくっている。
そこに気づけない辺りからして、やはりモテない。
バレンタインなんて最悪だ。
非モテ界の次期総長に押しも押されもせぬ期待の星。なのに一丁前に毎年ドキドキする。15年連続で負け続けようと、今年は勝てるかもと幻想を抱けるのがすごい。ほんとうにおでたい限りである。
筆箱を探すフリして机に手を突っ込む。
そして何もないことが分かると、チョコレートという物体は神話の中にしか存在しないことを思い出す。
そうだよ、この世にドラえもんがいないことは知っているだろ? バレンタインはタケコプターと同じファンタジーなのだから安心しろと言い聞かせる。
すると、この世のものとは思えない浮ついた声が聞こえてくる。
親友が女子4、5人に囲まれている。
ハレンチな。
女子に囲まれるのは、女子を泣かせた時か合唱の練習をサボった時だけだと相場が決まっている。
そんなに彼を責めてやるなと脳内で現実世界をねじ曲げ、固く握った拳で叩いた机は空洞でよく響くのなんの。
こんなにも鋭利な記憶の断片が未だに、ぼくの心に刺さり続けている。
とかく、肩で風を切りながら非モテ街道を我が物顔で歩き続けていた。
ところが、そんなぼくにもモテ期がきた。
それは大学生のときだった。カフェでアルバイトをしていた。もちろん、志望動機は言うまでもなく、なんかモテそうだからだ。
その時は唐突にやって来た。
いつものように「いらっしゃいませ」と言うと、「あら? お兄さんイケメンね」といきなり愛の告白をされた。
続けてお連れのふたりの女性も「ほんとね、カッコいいわね」とのたまうではありませんか。
急にモテ期がきた。60代のマダム三人衆にモテた。
イケメンなんて生まれてこのかた言われたことがないもんだから、右手で運ぶコーヒーはグランドラインの海よろしく荒れている。
ソーサーに乗せよと試みるも、カップとソーサーが触れ合い、小刻みにカタカタカタと高い音を立てる。
マダムたちはイケメンに淹れてもらったコーヒーは美味しいだろうと、まだキャッキャッ言っている。
バイト仲間に動揺を悟られないように、洗い場へ逃げ込んだ。アイスコーヒーのグラスを洗う手は依然として震えていた。
この5分間が人生で一度目のモテ期とするなら、あと二回はモテ期が訪れるはずである。
きっとそうであると信じて、今日もチョコレートが好きだとアピールする。
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