自分の未熟さを痛感するとき、決まって思い出す夜がある。
ぼくには歯がなかった。
その衝撃の事実を知ったのは小学校高学年のときだった。中学生になろうとしているのに、前歯がまったく生えてこなかった。
下の前歯が乳歯のままなのだ。
図体は中坊になろうとしているのに、逆行するように前歯は離乳食を食べていたときのままなのだ。
しかも、1本や2本じゃない。
4本も永久歯がないという怪奇現象。
近所の小さな歯医者でレントゲンを撮ってもらい、歯茎の中に永久歯が控えてないことを、まざまざと見せつけられた。
それまでは、いつか生えてくるんじゃないかと淡い願望を抱いていた。給食で余った牛乳を積極的に飲んだ。米と牛乳のミスマッチも、歯を生やすためだと我慢した。
けれど、すべて打ち砕いたレントゲン。
あの真っ黒に塗られた歯茎のレントゲンは容赦なく、ぼくの望みを砕いていった。死刑宣告。希望すら抱くことを許してくれなかった。
「ああ、この世には努力ではどうにもできないことがあるのだ」と知った十二の夏。
どこにもぶつけられない絶望感。
それでもぼくは信じたくなかった。
近所の古ぼけた歯医者に、未来がないなんて否定できるはずがない。
しかし、時間の経過が町の歯医者の正しさを証明していく。
高校、大学と大人の階段を登るのに対して、前歯だけは赤ん坊の時から時間が止まったままだった。
どうしてこんなエラーが起きるのだ。
「神よ、心が完璧でないにしても、入れ物くらいは完璧に作ってくれよ」と歯を磨くたびに嘆いた。
転機が訪れたは大学4年の冬だった。
ついに前歯を手に入れることになった。
ブリッジという方法で、人工の歯を入れた。
手術を担当してくれた歯医者さんも前歯が4本もないのは、初めて見たと驚いていた。なんだか、とても誇らしく思えた。
通常、前歯は8歳前後で永久歯に生え替わるらしい。
つまり、ぼくの前歯は普通の3倍近く頑張ってくれたわけだ。病めるときも健やかなるときも、22年間も共に生きてくれた。そこには感謝しかない。
悲しいかな、四半世紀連れ添ってきた前歯は、ペンチでいとも簡単に抜けた。びっくりするくらいに簡単に。
保険適用外の手術は、かなりの金額だった。
すべて父が全て払ってくれた。
冬の終わりの乾いた風が吹き荒れる歯医者の帰り道、ぼくは改まって父にお礼を伝えた。
凍てつく風にぎゅっと皺を寄せて、「これはいいんだ」と恥じらいと申し訳なさが入り混じったような父の横顔は妙にかっこよくみえた。
これが親というものなのか、これが大人というものなのか。
自分の子どもに先天的な欠陥があったとき、「ごめん」と言って、どんな金額でも出せる大人なりたいと思った。
春から社会人になることを控えた冬空の下、父のような大人になろうと誓った。
長年夢に見た大人の前歯を鏡で見るたび、しみじみ思うのだ。
大人になるのって難しい。果たしていつになったら、大人になれるのだろうか。
立派になった前歯とまだまだ未熟な自分とのコントラストが、今日を生きる原動力になる。
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