人間関係のもろさを教えてくれたメニュー論争

 

人間関係はもろい。

育むのは大変なのに、壊すのは一瞬だ。こんなにめんどうなものはない。

その煩わしさの向こう側へ連れていってくれるのは、愛である。

 

ルワンダで生活していて、一度だけ言い争いをしたことがある。

 

町に新しくできたレストランの支援をすることになった。

コロナ禍で開業するチャレンジ精神を讃えて、微力ながら貢献したいと思っていた。

 

さっそく、メニューを作ろうという話になった。

パワーポイントで作ったメニューをオーナーであるエマニュエルの元へ持っていき、すり合わせていく。

サンプルを見せて指摘を受け、持ち帰り修正する。この往復を4、5回繰り返したのち、完成という決まりになった。

 

完成したメニューにラミネート加工を施し、エマニュエルの元へと向かった。

彼に完成品を見せると、素晴らしいねと褒め称えてくれた。

 

しかし、二言目には、文字が小さずぎる、文言がおかしいとダメ出し。

このまえ完成したじゃないか? なぜラミネートしてから言うの? と、自分の中の悪魔がむくむくと立ち上がってきた。

どうにか両手で上から抑えこんで、無理やり笑顔を作りその場を後にした。

 

彼が顔色をうかがって、一度褒めてから指摘するというフォーマットを使ってくることも、なんだか腹立たしく思えてきた。

 

それにカラーコピー代やラミネート代は、こちらで持っている。日本人の感覚では大した額ではないが、ルワンダ人の感覚ならかなりの額である。ぼくはもう半分ルワンダ人の感覚を持ち合わせている。

ぼくの内で胡坐をかく悪魔は不気味な笑みを浮かべ、みるみる成長する。

 

さすがにこれが最後だと、彼に指摘された箇所を修正した。

訂正したメニューを携えて、再びエマニュエルの元へ足を運んだ。

 

第一声は、素晴らしいと賞賛の言葉。

そして、次に口を開けば、カテゴリーの名前を変えよう、ここにスペースをつくろうと、のたまうではありませんか。

 

先日から待てをくらっている内なる悪魔は待ってましたとばかりに、目を輝かしている。

ぼくは抑え込もうとする手を退け、立派になったデーモンを素晴らしきこの世界に解き放ってあげた。

 

「修正はするけど、これが本当に最後だぞ。何で一度に言わないの? これまでに何度やりとりしてると思ってるの?」

大人デーモンが憑依した口は、不得意な英語をも流暢にさせる。

 

すると、向こうも怒った口調で、「今回の修正の量が多いなら、別にこのままでもいいんだ」と、のたまう。

 

「いや、修正の量は問題じゃない。ぼくが言いたいのは、注文するなら一度に全部言ってくれ。なぜ何度も何度も言うんだ」

「だから、この修正量が多いなら、このままでいい」

と、同じことしか言わない。わかっていないのだろう。もしくは非を認めたくないのだろう。

 

埒が明かないので、もう次が最後だからなと吐き捨てて、踵を返した。

オフィスへ戻る道中、このメニューを置き土産に彼と関わるのはやめようと決意した。

 

もし、これがコンサルタントと依頼主の関係だとしたら、ぼくはアウトだ。

ところが、この仕事はボランティアであり、支援先とは対等な関係である。

ぼくと彼の間に強制力はない。

 

自主的に支援することを決めただけで、契約もなにもない。いつでもやめられるのだ。

つまり、すべて自分次第である。

 

ボランティアという立場で働いていると、この関係の脆弱さにぶつかる。

この人間関係をつなぐもの、それは愛しかない。

彼の力になりたい、彼女を助けたいという自然性の愛なのだ。

 

これまでの人間関係は、どれも強制的であった。

学校では、クラス、部活、委員会、同じ学年というだけで、強制的に関係が生まれる。

会社でも同じだ。半ば強制的な人間関係だ。

 

あの人と合わないから、もう会社に行くのやーめたと気軽にはいかない。

この先も続く関係性を慮ったときに、波風立てずにうまいことやろうとする。ほんとうの気持ちを押し殺して、多大なストレスがかかろうとも。

 

学校や会社といった強制力の外にある人間関係を思い浮かべてほしい。

 

ボランティア同様、そこにはなんら強制力はない。

けれど繋がっている人たちがいる。この関係をつくっているのは、愛である。

要するに、愛がなくなれば消えるもろい関係でもある。

 

人間関係はもろい。

どちらかが関わることをやめたら、いとも簡単に消滅する。

 

そう考えたときに、いま自分の横にいる人の存在がどれだけ有り難いか。

心の底から「ありがとう」の言葉がこぼれてくる。いますぐ「いつもありがとう」と伝えたくなる。

 

そんな人間関係のもろさ、その中で繋がっている人の尊さを、エマニュエルは教えたかったのかもしれない。

否、そうだと信じて、ぼくは再び彼の待つレストランへと足を向けるのだ。

 

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