親子関係は哲学である。

親子のイメージ

 

哲学者たちは自身の師を批判して、真理に近づこうとした。アリステレスしかり、フィヒテしかり。

まさに親子関係そのものだ。

 

子どもの頃、親の思想がインストールされている。それも気づかない間に否応なしに。

 

学校に行き始めると、家族以外の人と関わるようになる。多様な価値観に触れる。

そして、他者や社会との関係性の中で、自分を知る。時間をかけて。自分の価値観と向かい合う。

つまり、親が授けてくれた思想と対峙することになる。

 

すると、その理論体系にいっそう賛同し、自ら証明に努める者もいる。

もしくは、これまでの当たり前に疑問を持ち、真逆の理論を構築する者もいる。

 

たとえば、親が大企業勤めだと、子も大企業に勤めたいと思う場合もあり、起業したいと思う場合もある。

賛成であろうと、反対であろうと、親の思想を土台にして、自分の思想を作り上げていくのだ。

 

己の思想をアウフヘーベンするのだ。

これはヘーゲルのいう弁証法である。最初の主張(正、テーゼ)に対して反論(反、アンチテーゼ)し、両者の言い分に配慮をしつつ対立を超えた第三の意見に落ち着く(合、ジンテーゼ)。

この次元上昇が、アウフヘーベンだ。

 

そう考えると、親、祖父母、曾祖父とご先祖様からスパイラル状に上昇してきた、その一部にいる。

この営みのおかげで、たくさんの大切なことを教えてもらえた。先人たちの思考の結晶をタネに考えらることは、ほんとうに恵まれている。

 

両親は自分の子どもに善く生きてほしいと願って教育してくれたはずだ。そして、次は自分が子どもに善く生きてほしいと願い育てるのである。

自分が大切だと信じる価値観を伝える番なのだ。

 

よりよい世界をつくりたいと真理を探求した哲学者たち同様、ぼくたちもよりよい未来や生き方を願い哲学しているのだ。

 

気づかないあいだに、哲学してるのだ。

つくづく思う。親子関係は哲学である。

 

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