【発見】捉え方で人生は180度変わる。寓話キツネとクマが教えてくれたこと。

 

ムラホ!おおいしです!

 

いきなりですが、こんな話を聞いたことがありますか?

キツネとクマ

一人の男が森の中を歩いていると、ケガをしているキツネを見つけた。狩人たちに追いかけられ、必死で逃げているうちに、足の骨でも折ったのだろう。木の下に倒れているキツネは飢えて死にかけていた。

するとそこにハイイログマが現れた。クマは殺した動物を口にくわえて、ひきずっていた。クマはキツネには目もくれない様子だった。餌食になった動物を食べて、その場を去るとき、動物の死骸の一部をキツネのそばに残していった。

 

翌日、男はまた森の中を歩いた。この日もクマはキツネのそばに餌を残していった。そして、三日目も同じことが起きた。男はこれまで見たことに思いめぐらせた。

「もし神が傷ついた一匹のキツネのことを心にかけておられるなら、この私のこともお忘れにならないだろう。このキツネのように神の愛を信頼し続けよう」

男は森の片隅にひざまずいて祈った。「父なる神よ、何が起ころうと、あなたを信頼し続けることを、このキツネが教えてくれました。私もあなたに心からおすがりします」

男はそこに身を横たえ、神が何かをしてくださるを待つことにした。一日が経過。何も起こらなかった。男はお腹が空いてやりきれなくなった。二日目が経過。何も起こらなかった。そして、三日目が経過。やはり何も起こらなかった。男は腹を立てた。

「神よ、あなたはあのキツネを私より愛していらっしゃるのですか? 私があなたを信頼しているのに、あなたは私を省みてくださらない。なぜ、私に食べ物をくださらないんですか?」

 

男は森を出て、町へ戻った。通りを歩いていると、お腹をすかせている貧しい子どもに出会った。これを見た男は、神をののしった。「神よ、ひどいではありませんか? なぜ、あなたはこのあわれな子どもに何もなさらないのですか?」

「私は何かをしたのだよ」。神様の声が聞こえてきた。「私はあなたを人間として創造した。だが、私はあなたに失望している。あなたはあのクマを見習うこともできたのに、あのキツネのようであり続けようとしている」

捉え方で人生は180度変わる

捉え方で人生は、180度変わります。

 

「クマがケガをしているキツネに餌を与える」という事実は、誰から見ても変わりません。

しかし、見ている人の捉え方で、まったく変わってきます。

 

男は「神を信頼すれば、救ってくれるのだ」と捉えました。ある人は神が望んだように、「クマの生き様かっこいいな、自分も見習おう」と捉えていたかもしれませんし、またある人は「クマって優しいんだ」と捉えていたかもしれません。

 

その点、この男のはただの感想に止めず、その出来事から何かを学ぼうとする姿勢は素晴らしいです。ただ、捉え方がよくなかったので、不満で怒って不幸になっていました。

 

この捉え方を変えない限り、男はこの先も不満や怒りで満ちた不幸な人生になってしまいます。捉え方は、その人の人生を左右してしまうくらいに大切なのです。

 

だからこそ、自分はどんな考え方を持っているのか、どんな捉え方をする人間なのか、自分自身を振り返ってみる時間をつくってみてもいいかもしれません。

自分の美意識を大切にする

自分の判断基準をどこに置いているか、ということです。

 

判断基準を自分の「外」に置いているのか、それとも自分の「中」に置いているのか。みなさんはどちらですか?

 

男は「外」に置いています。そう「神」です。

 

男は「神を信頼すれば救われる」という判断基準で「祈る」という行動しています。しかし、何も起こりませんでした。

その行動の結果に対して、省みてくれない、何もしてくれないと不平不満を言っています。これは、自分でした行動の結果に対する責任を「神」つまり「外」に置いて責めています。

 

これは、ぼくたちもよく落入りがちです。

 

例えば、会社や上司に気に入られようと仕事をしていると、なんで評価してくれないんだとか、なんでアイツは認められてるのにと、自然と不平不満が出てきてしまいます。

これは、自分の判断基準を会社や上司という「外」に置いているからに他なりません。

 

「外」の基準はたくさんあります。国、親、友人、著名人、社会などと、挙げればキリがないです。

このようなものに自身の人生における判断の基準を置いてしまっているから、不満や不安が絶えないのです。

実際、「外」に判断基準を置いた方が楽なんです。何も考えずに従えばいいし、何かあれば責任転嫁すればいいので。

 

しかし、それではいつまでもたっても不満や不安は消えません。しかも、「外」にある基準なんて、時と場合によってカンタンに変わってしまいます。

 

だからこそ、自分の「中」に基準を持つこと。

 

自分の大切にしたい価値観にしたがって判断する。「美しいか、美しくないか」「粋か、野暮か」自分の美意識で判断するんです。

 

そうすれば、たとえ結果がよくなくても、不平不満を言うことも少なくなります。また、未来や周りを気にして、不安に思うことも少なくなります。そして、何よりも自分の人生を生きられるようになります。

 

はじめは怖いかもしれないし、難しいかもしれません。ですが、自分が大切にしたい価値観にしたがって、進んでみてください。

 

コロナ下で様々な情報が飛び交う中、このキツネとクマの寓話は私たち多くの気づきを与えてくれます。

この話は戸田智弘さんの『ものの見方が変わる 座右の寓話』の中の一つです。

他にも76の寓話が紹介されてます。物語を通して、世の中の真理がスッと入ってきますね。また、別の話も紹介させてください。

 

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ものの見方が変わる 座右の寓話

 

 

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