ビール理論

 

継続はすごい。

毎日積み上げ続ければ、プレーンヨーグルトだって食べれるようになるのだから。

 

砂糖の入っていないプレーンのヨーグルトなんて食べれてもんじゃなかった。

キツい酸味に舌がひん曲がり顔が引き攣る。付属のつぶつぶの砂糖をぶち込みまくって、ようやく食べれた。

 

ところが、今ではあの吐き出したくなるプレーンヨーグルトを美味しく食べれるようになったのだ。

なんなら、砂糖をいれるより好きなくらいに。

 

ぼくは、これをビール理論と呼んでいる。

 

一度は子供の頃に、ビールを味見させてもらったことがあるだろう。

あの時の衝撃を今でも鮮明に覚えている。

 

とてつもなくマズイ。

こんなにも不味い液体を大人たちは好き好んで、美味しいと言って飲んでいる。

 

一日のご褒美にビールを飲む父を、まったく理解できなかった。

喉を潤したいなら、ファンタの方がぜったいにいいとずっと思っていた。

 

ところが、二十歳を迎えると大人の仲間入りがしたくて、ビールを飲むようになる。

 

というより飲めないことが恥ずかしくて、飲めるようになるため努力する。

サークルの先輩の「喉で飲むんだ」という謎のアドバイスを真に受けて、無理矢理飲み続ける。

 

すると、摩訶不思議。

 

だんだんと美味しく感じてくる。そして、居酒屋で「とりあえず生で」と言い始める。

これがビール理論だ。

 

図らずもこのビール理論を証明する出来事が起こった。

 

甘いものが大好きだった。

コーヒー牛乳が大好きだったが、極甘限定。少しでも苦味があるものは嫌いだった。

 

そんな甘いものしか飲めない子ども舌のぼくは大学生のとき、カフェでアルバイトをしていた。

カフェでの仕事に、コーヒーのテイスティングがあった。

 

抽出したブレンドコーヒーの味見をするのだ。

30分に1回のペースでやってくるテイスティング。働き始めの頃は、顔をくしゃくしゃにして、あの黒くて苦い液体をどうにか胃に流しこんでいた。

 

ところが、摩訶不思議。

 

これも続けるうちに、苦でなくなってくる。そして今では、コーヒーはブラックコーヒーしか飲まない。

これでビール理論の正当性が補強された。

 

日本に帰ってきて、改めて食の大切さを学んだ。

 

その一つがヨーグルト。

どうやらヨーグルトは身体にいいらしい。だが、ストロベリーなどの味のついたヨーグルトは大量の砂糖が使われており、よくないらしいのだ。

 

そこで、苦手だったプレーンヨーグルトを毎朝食べることに挑戦してみた。

 

なぜなら、人間には無限の可能性があることを知っている。

人間は変われることを知っている。そして、ぼくはビール理論を知っている。

 

ビール理論を活用すれば、好きなにならないものはない。

どんなに不味いものでも、食べ続けると必ず美味しくなる。そして、好きでたまらなくなるのだ。

 

ああ、摩訶不思議。

 

プレーンヨーグルトチャレンジを始めて、1週間で普通に食べれるようになった。

そして、2週間が経つ頃には、ぼくの顔を歪めてきたプレーンヨーグルトを、口角をあげ穏やかな表情で食べられるようになった。

 

もはやプレーンヨーグルトのシャープな酸味が愛おしい。

そして身体はもう、酸味の向こう側にある奥ゆかしい甘みや舌にまとわりつく妖艶なとろみを求めている。

 

何色にも染まっていないヨーグルトの白に自由を感じ、まっさらに広がるヨーグルトの白に無限の可能性を感じるのだ。

とにかく、大好きになった。

 

人間の適応力は本当にすごい。

どんな嫌いなものでも好きに変えられるのだから。

 

ビール理論でロジックを組み上げていくと、理論上この世界に嫌いなものはない。

言い換えると、この世界には好きなものしかないことになる。

 

つまり、この世界は愛で溢れているのだ。

 

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