好きな食べものはなんですか?

 

ぼくは鍋が好きだ。

 

好きな食べものを聞かれたら、かならず鍋と答える。

すると決まって、なに鍋? と聞かれる。

この質問には、いつも窮する。だって、鍋の中に順位なんてないのだ。

 

もつ鍋も、ちゃんこ鍋も、鶏白湯鍋も、キムチ鍋も、ごま淡々鍋も、どれも好きだ。優劣はない。

我が家で鍋というと、ヤマキの割烹白だしの鍋になる。これも大好きだ。

 

だから、どれが一番とかはないのだ。

食べものの中で、鍋がいちばん好き。この時点で議論は終わっているのだ。

 

あなたは、好き食べものを聞かれたら何と答えるだろう?

そんなことを考えたのは、小学校が最後かもしれない。

 

歳をとるにつれて、経験値が溜まっていく。おいしいものをどんどん食べていく。

すると、ひとつの真理にたどり着くのだ。

 

好きな食べ物なんてない。

言い換えるなら、なんでもおいしいし、すべて好きなのだ。

 

なぜなら、何を食べても同等においしい。

カレーも、ラーメンも、ハンバーグも、すしも、ピザも、すべて同立1位である。

 

でも、強いて選ぶならなんだろう。

甲乙つけがたい中から選ぶという行為に、その人の人間性が出るのかもしれない。

 

たとえば、ハンバーグを選ぶ人は、ロマンチストだ。

いつまでも童心を忘れない。夢を持ちつづけ、まだまだ成長してやるという気概を感じる。

想像してみてほしい。大の大人が「好きな食べ物は、ハンバーグです」と、笑顔で答えている姿を。

ぼくなら、一撃でノックアウトである。男女関係なく、惚れてしまう。ハンバーグが好きと言う人には、そんな輝きがあるのだ。

 

カレーを選ぶは、情熱家だ。

カレーをきらいな人はいないと言っても過言ではないだろう。だれが食べてもうまい。つまり、だれにとっても1位になりえる。

その中で、あえてカレーを選ぶこと、それは愛と言っていいだろう。

どんなにあなたが人気で、引っ張りだこで、たとえ振り向いてくれなくても、わたしはあなたを推し続ける。そんなパッションを感じるのだ。

 

そして、鍋を選んだ自分はと言うと、個性的でありたいのだろう。

聞かれる回数は減るとはいえ、好きな食べ物はときたま聞かれる。

そんなときに、ラーメンや焼肉と答えたくない。ラーメンや焼肉も好きで、1位になりうるが、あまりに一般的な回答をする自分が嫌なのだ。

 

ところが、鍋ならどうだろう。

好きな食べものを聞いて、鍋と答える物珍しい存在に未だ出会ったことがない。

それゆえ、鍋と答え続けるのだろう。ユニークでありたい、目立ちたい、という気持ちがあるのだ。

鍋を好きというぼくは、単にひねくれているだろう。

 

なに鍋が好きか聞かれると困るが、どの具材が好き? という質問なら大歓迎だ。

 

食い気味に「とうふ」と答える。

単純においしいのもあるが、彼の煮られ様が好きなのだ。

 

彼だけ、鍋のカラーに染まらない。

ねぎ、白菜、だいこん、油揚げ、ぶた肉、彼らは鍋にとことん染まる。塩なら塩、味噌なら味噌、キムチならキムチ味になる。

 

しかし、とうふだけは違う。

もちろん、外側に味がつくが、内側はとうふのままだ。

どんなに濃いスープでも、とうふを芯まで染め上げることはできない。

 

どんなに環境が変化しても、周囲の仲間たちが流されても、己だけは左右されない。

常に自分の芯を貫いている。そんなとうふの生き様が好きなのだ。

 

好きな食べものに人間性が滲み出るなんて、すべて独断と偏見である。こんな心理テストじみた問答に、何の根拠もない。

しかし、ひとつ確実なことがある。まわりとは違う答えを言いたいという厨二病が、ぼくに鍋と答えさせる。これは紛れもない真実だ。

 

それを公にした上で、もう一度言いたい。

鍋が大好きだ。

 

あなたの好きな食べものはなんですか?

 

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