イタリア麺合宿

 

イタリア麺合宿。

10代のよき日々の記憶だ。

 

この言葉だけ聞くと、将来、自分の店を持つことを志した青年たちが、イタリアのフィレンツェないしはナポリに集い、本番のシェフから指導を受ける。

そんな、夢に向かって奮闘する若人たちの、笑いあり涙ありの青春物語をイメージする。

 

しかし、そうではない。

それは、ただ麺を食べまくる2週間だった。

 

食べまくった麺は、パスタではない。

日本のカップ麺をひたすらすすりまくるという合宿だ。

 

なぜ、そんな奇怪な合宿が開催されたのか。

その理由は簡単である。お金がないからだ。節約のために日本からカップ麺を大量に持ち込んだのだ。20食ほど持ち込んだだろうか。

 

大学3年のゴールデンウィーク。本田選手擁するACミランと長友選手擁するインテンのミラノダービーを観るために、中学からの友人とふたりでイタリアへ行くことに。

 

彼とは、大学1年生の冬にイギリスへも一緒に行っていた。そのとき苦労したのが、お金であった。

イギリス旅行の目的も、サッカー観戦だった。そのためチケットを買うのだが、べらぼうに高い。ある試合は、6万円もした。チケット代で大きな出費をしているのに、食費もばかにならなかった。

 

タイン川に沈む夕日に煽られながら、イギリスは物価高くてメシもろくすっぽくえないのかと二人で嘆いた。

 

そんなわけで、イタリア旅行では、その反省を活かすことになったのだ。

90リットルはいるLサイズのスーツケースの片側を、カップ麺で埋め尽くし、日本を飛び立った。

 

滞在したホステルには、キッチンが付いていたこともあり、外食は片手で数えらるほどに抑えられた。パスタを食べたのは、一度だけだった。

それ以外は、スーパーカップ、麺づくり、ラ王、カップヌードル、ペヤング、一平ちゃん、どん兵衛を永遠ループ。

おれらはサッカーを観るために来たのだと互いを鼓舞し、麺をすすり続けた。

 

ヴェネツィアの水面に映る自分たちの顔はどこか寂しげであった。

 

いま考えみれば、このイタリア旅行のときだけではなく、大学生活はカップ麺と共にあった。

毎日、昼は近くのスーパーで、麺づくりの坦々麺を買っていた。とにかく安上がりで済むからである。

 

大学時代だけで、いったい何杯分のカップ麺を食べたのだろうか。

余裕で500杯は超えるはずだ。

 

小学生のころ、憧れの食べ物No.1だったカップ麺。

身体に良くないからと、なかなか食べさせてもらえなかった。

 

だからか、カップ麺はほかのどんなご馳走よりも、輝いて見えた。

寿司やハンバーグなんかよりも、カップ麺が食べたかった。

 

その抑え続けられた欲求が爆発したのだろう。

 

幼い頃は手の届かないところにあったカップ麺は、大学生になると最も手の届きやすいところにあった。

もう、ぼくを止めるものは、なにひとつなかった。

 

しかし、その反動だろうか。

大学を卒業してからは、まったくカップ麺を食べていない。食べたいという気持ちすら湧かなくなった。

 

死ぬまでにもう一度でいいから、イタリア麺合宿をしたい。

今度は、本場のパスタを食べまくってみたい。

 

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